今日は8時前に起床。
今泊まっているジェイコブス インというホステルには朝食が付いているはずなのだが、
そういえばチェックイン時に朝食の案内などされなかった。
部屋を出てあたりを歩いてみるも朝食会場らしきところは見当たらない。
受付に行って朝食はどこか聞いてみると、『そこだ。』と、フタッフは受付のすぐ隣を指差した。
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これ?(笑)
そこにはコーヒーが出ないコーヒーメーカーがポンと置かれていた。
お湯しか出ないので隣に置いてある紅茶を作るしかない。
さらにふとあたりを見渡すとこんなものが置いてあった。
受付カウンターの隅にパンの入った銀のボウルがさりげなく置いてあった。
なるほどここでの朝食はこのパンと紅茶のみということになるのか。
これでも一応朝食込み。
こんなに期待はずれな朝食は生まれて初めてだった。
さすがブッキングドットコムの口コミ評価4.9の低評価ホステルはやることが他と違う。
残念な朝食を速攻でとり終えてから向かったのは世界屈指の著名度を誇る、
ルーブル美術館。
前回パリを訪れた時、閉館時間を間違えて入れなかったという苦い思い出があるので、今回がそのリベンジの時。
日本でも有名なあの『モナ・リザ』や、
2008年にColdplay(コールドプレイ)のアルバムジャケットにも使用されたことで
日本での認知度がさらに上がったであろうドラクロワの『民衆を導く自由の女神』、
さらには『ミロのビーナス』まで貯蔵されているという見所満載な美術館だ。
9時開館のルーブル美術館は、開館前には行かないと行列に並ぶ羽目になってしまうらしい。
最寄り駅前で開催されていた朝のマルシェにも興味はあったが、我々は先を急いだ。
この時すでに8時30分頃だったのでもたもたしている暇はない。
地下鉄でPalais Royal - Musée du Louvre駅まで行きそこから美術館までは地下道で繋がっていた。
人の流れや案内標識に従って進んでいくと逆さピラミッドが見えてきた。
逆さピラミッドの目の前に美術館への入り口がありすでに十数人くらいが並んでいたが、それほどの列は出来ていない。
”よっしゃー” と思い列に並ぶも、我々はまだチケットを購入していない。
予備知識のない我々は、チケットは入場後買うのか、それともここでもう必要なのか全くわからなかった。
不安になったので前に並んでいた人に聞いてみた。
直訳すると、
『この列はチケットを持っている人用の列です。』
と言われたので、慌ててチケット売り場の場所を聞いてチケットを買いに行った。
*後になって思うと、実際は中に入ってからチケットを購入できるのでここの時点でチケットを持っている必要はないと思う。
ルーブルには複数の入り口があり、その中の1つはあらかじめチケットを持っていないと入れないという入り口があるらしいが、それはここではない。
ただ前もって購入しておけば中に入ってから購入する手間が省けるのは確か。
この時我々の後ろに並んでいた少年もチケットを持っていなかったらしく、一緒にチケットを買いに行った。
というか、
その情報を聞いてサッと動き出した少年の後をただ付いて行くだけの格好となってしまい、決してそこで少年と意気投合したわけではない。
来た道を戻るり少年の案内でチケット売り場にたどり着いた。
地下鉄から出てきて逆さピラミッドが見えてもそちらの方には向かわず、
反対方向に向かい階段を登らずに左に曲がったところにチケット売り場はあった。
人は全くおらず、なんとも穴場チックなチケット売り場だった。
少年がまずはチケットを購入しようとしたのだが、クレジットカードが使えず現金販売のみ。
少年は現金を持っていない様子でおそらくATMを探しにそそくさと消えていった。
”道案内ご苦労。さらば少年。”
といった感じで少年に勝手に別れを告げた。
チケット料金は1人15ユーロ(約1704円)。
ユーロ圏で過ごす日々も残りわずかになっていたためユーロ調整に入っていた私の財布の中には、幸運にもちょうど15ユーロの現金が残っていた。
無事チケットを購入し再び逆さピラミッド前の入場口へと向かう。
先ほどよりも列が若干長くなっていたが、まだ予想していたほどの行列にはなっていない。
9時になってもなかなか開館されなかった。
後ろを振り返ると今度は予想通りの行列が出来ていた。
早めに来てよかった。。
それにしても先ほどチケット購入時に現金がなくATMへと向かった少年の姿はここからは確認することができない。
かわいそうに。。チケットを購入してここに戻ってきた頃には、9時前の空いている光景はもはやそこにはなかったのであろう。
はたまたまだチケットが買えずにどこかをうろついているのか。。
この行列の先にちゃんと少年がチケットを持って並んでいることを願いたい。
ちなみにルーブル美術館は毎週火曜日が休館日。
その次の日である水曜日は混雑が予想されると思いがちだが、
水曜の閉館時間は21時45分。(金曜日も21時45分閉館。)
通常が18時閉館なので約4時間も長く開館されていることになる。
それにより休館日翌日の混雑を和らげているのだと思う。
9時20分ごろ、ようやくゲートが開き開館した。
すぐに手荷物検査のセキュリティーがあって、それを通過して道なりに進むとガラス張りピラミッドの天井のスペースに出る。
ナポレオンホールだ。
そこはルーブル美術館の中心となるところ。
ここにはチケット売り場や自動券売機があるので、ここでもチケットを購入できる。
(むしろここで買う人の方が多数で、ここで買えばクレジットカードが使えると思う。)
ルーブル美術館といえばやはりレオナルド・ダヴィンチの『モナ・リザ』。
混雑必至なので早めに回った方がいいという情報は、人、ネット、ガイドブックなど、
様々の媒体からすでに仕入れていた。
なのでまずはモナ・リザへ向かうことに。
ここで、事前に調べておいたモナリザまでの最短コースを実践してみる。
まずはナポレオンホールからDENON(ドゥノン翼)という入り口へ向かう。
短いエスカレーターを上りまっすぐ行けばそこはもう入り口だ。
この時にチケット提示を求められた。
入場してすぐ右にそれるとエレベーターがある。
皆入場してからそのまままっすぐ進んでしまうのでこのエレベーターの存在には気づいていない様子。
それゆえ、待つことなくすぐにエレベーターに乗り込めた。
行き先ボタンはモナリザの絵が書いてあるので非常に分かりやすい。
エレベーターを降りてクルッとUターンする感じで進むと、
あっけなくモナ・リザに到着した。
本当にあっという間の到着だった。
しかも『モナ・リザの間』には係員が2人座っているだけでまだ誰も到着していない。
”やったー!一番乗り!”
完全にモナ・リザ2人占め状態である。
かなり混雑すると聞いていたので拍子抜け感もあったが、
実際に見る本物のモナ・リザは思っていたよりも小さいことにも『あれ?』とも思わされた。
数分後、続々と人がモナ・リザの間へやってきた。
しかし開館直後の混雑はこの程度で、しばらくはこのくらいの人ゴミがモナ・リザの目の前で保たれていた。
ルーブル美術館の様子。
たくさんの絵画が貯蔵されている。
誰の絵かわからないが目にとまったものは写真に収めていく。
すべての作品に対して写真撮影はオッケーなはず。
ルーブル美術館で私が見たかった作品はもちろんモナ・リだけではない。
このジャック・ルイ・ダヴィッドにより描かれた
『ナポレオン一世の戴冠式と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠』
は私が見たかったものの中の一つだ。
テキトーに歩いていたら突然目の前に現れたのだが、
幅約10メートル、高さ約6メートルというその大きさにまず圧倒された。
これとほぼ同じ絵がヴェルサイユ宮殿の『戴冠の間』に飾られているらしい。
ルーブルのものと比べハッキリとわかる違いは、王妃の後ろにいる娘たちのドレスの色。
ルーブルの絵はすべて白のドレスだが、ヴェルサイユ宮殿の絵では一人だけピンクのドレスを着ているのだそう。
その娘はナポレオンの2番目の娘のポーリーヌ。
ルーブル美術館とヴェルサイユ宮殿を両方訪れる際は是非確認したい。
これは1804年にパリのノートルダム大聖堂で行われたナポレオン1世の即位式の様子を描いたもの。
場面はナポレオンが王妃に戴冠しているところ。
なんでもナポレオンの戴冠はナポレオン自ら頭に冠を乗せたらしく(本来なら位の高いローマ教皇が載せるのが道理なのだが)、
その絵を描こうとしたところあまりいい印象じゃなかったためにこのようなナポレオンによる王妃の戴冠の場面が描かれたのだそう。
ちなみにこの時ナポレオンはローマ教皇をわざわざ呼び寄せており、
ナポレオンの後ろで中指と人差し指をかざしているのがローマ教皇ピウス7世である。
天井まで絵画が描かれていて、もはや展示作品なのかただのデザインなのかよく分からない。
『ナポレオン一世の戴冠式と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠』
をじっくり見た後先に進むと、すぐにまたお目当ての絵画が展示されていた。
ウジェーヌ・ドラクロワの『民衆を導く自由の女神』である。
この絵画は1830年に起きたフランス7月革命を主題としている。
歴史の教科書や、
イギリスのロックバンド『Coldplay』が大胆にこの絵画をアルバムジャケットに起用したことなど、大衆文化にもわりと深く浸透している絵画なのではと思う。
そのせいか他の絵画と比べてこの絵画がやたら際立ってかっこよく見えてしまう。
ただ目に慣れているからなのか、それともそうでなくともサーっと流し見をしていく中でやはりこの絵画の眼の前で足を止めてしまうのだろうか。
ただ一つがっかりだったのが、思っていたほどこの絵画のサイズは大きくなかったこと。
直前に『ナポレオン一世の戴冠式と皇妃ジョゼフィーヌの戴冠』という巨大な大作を見てしまったのもかなり影響されていると思う。
それと同じくらい特大サイズの『民衆を導く自由の女神』を頭の中で完成させてしまっていたことが期待の裏切りを招いてしまった。
ちなみにこの後モナリザがどのくらい混んできているのかを確認しに行ってみた。
まあ、先ほどより人は増えたがまだこんなもの。
人ごみで見るのも一苦労、などということは決してない。
この時時刻は10時40分ごろ。
まだまだこれから増えていくのかな?
宮殿を思わせる豪華なつくり。
これもまた全てが展示品なのかどうかがわからない。
展示品だとしたら、天井に飾るというはどうなのだろうか。
次に向かった見所とはナポレオン3世の居室。
なんだここは。豪華さがハンパない。
王室や貴族の家みたいな感じのものを今までもいろんなところで見てきたが、ここはケタ違いに『すごい!』というインパクトがあった。
食堂なんてこの有様。
映画とかで見たことあるスーパー貴族の食事の様子が頭に浮かぶ。
いったいどんな豪華料理が運ばれてきていたのだろうか。
この人がナポレオン3世。
先ほど戴冠式をしていたナポレオン1世(ナポレオン・ボナパルト)の甥にあたる人物だ。
彼の業績としては、『パリ改造』を構想し、不衛生だったパリの街を一掃し綺麗に整えたこと。
道路や橋、下水道をただ整備するだけではなく、パリの街の景観も美しくなるように整えた。
この『パリ改造』が行われたのは19世紀の半ばごろ。
今のパリの街の形はこの改造時のものであり、エトワール凱旋門からのびる12本の広い通りはこの時につくられたものだ。
『パリ改造』は近代都市の開発に大きな影響を与え、モデルになったらしい。
つまり現代のヨーロッパの都市にもパリをモデルにして作られた街が多数存在しているということだ。
これはおそらくナポレオン1世か。
これは『有翼人面牡牛像』という古代メソポタミアの産物らしい。
私は知らなかったがけっこう有名らしい。
次に目の前に現れた有名どころはこれ。
どこへ行っても目にする中国人の団体に囲まれながらも全く動じることなく凛と立ち続けている『ミロのヴィーナス』だ。
作者がはっきりとは分かっていないというこの女神は、紀元前130年ごろ古代ギリシアで製作された彫刻の女性像。
数あるこのような類いの像の中で、なぜミロのヴィーナスだけがこんなにも有名になったのかはよくわからないが、
確か高校の時の教科書に『ミロのヴィーナスはその比率が素晴らしい。』みたいな事を書いた文が載っていたことを覚えている。
確かに言われてみればなんか綺麗な形してるかも。
なんて思ってしまうのは単純すぎるだろうか。
それでも見る角度によって見え方が違い面白い。
どうでもいいがこのヴィーナス腹筋が割れている。
ヴィーナスはモナ・リザにも負けないくらいの人気者。
正直私はここに来るまでミロのヴィーナスがルーブル美術館に貯蔵されていることを知らなかった。
なんか1個得をした気分だ。
後ろからのヴィーナス。
約2千年もの間、腰に巻いた布が絶妙な位置でキープされている。
この人々とヴィーナスが向かい合っているアングルがわりと好きだった。
その理由を言葉にしようとしばらく考えてみたが、うまく言葉にできない。
ミロのヴィーナスのすごさが少しわかって先に進んだら、こんなものが目に飛び込んできた。
私の中ではこいつのすごさの方がヴィーナスをはるかに超えた。
こいつが何者なのか、あるいは何のヴィーナスなのかは知らないが、この彫刻コーナーで1番目を引く展示だった。
ルーブル美術館ないのお土産コーナーには、ナポレオンといえば!のあの白馬にまたがり元気良くウイリーをかましている絵画のグッズが売られていた。
ということはこの絵画、ここルーブル美術館に貯蔵されているのではないか?
そう思い探してみるもそんな絵画は一向に見つからない。
そのかわりにあったのはこんななんとも弱々しいナポレオン絵画。
馬も白馬から普通の茶色の馬になり元気がない。
すごい悲しそうな目でお腹を抑えこちらを見ている。
強く勇ましい印象のナポレオンの絵画しか見たことのない私にはかなり印象的な1枚だった。
ちなみに前述した白馬でウイリーをかましているナポレオンの絵画は『アルプスを越えるナポレオン』といい、
何枚か存在しヴェルサイユ宮殿やウィーンのベルヴェーレ宮殿などに貯蔵されているらしい。
館内から見えるピラミッドの広場。
『トルコ風呂』という有名らしい1枚。
実際風呂に入っているのは写真向かって左隅の女だけだ。
しかも足湯。
『乳首をつまむ女』
と勝手に名付けてしまいそうになるこの絵画は、
『ガブリエル・デストレとその妹ビヤール公爵夫人』というらしい。
作者は不明で、フォンテーヌブロー派というフランスルネサンス期に宮廷で活躍した画家グループのものらしい。
他にも『ダイヤのエースを持ついかさま師』など見たい作品はあったが、残念ながら閲覧できなくなっていた。
ルーブル美術館は本当に巨大なので、まわるだけでかなりの距離を歩き疲れる。
美術館へ行けばいい運動不足解消になるのではないか。
もう歩きたくない。まあそろそろ出る時間だなと思い我々は美術館をあとにした。
9時から14時まで、約5時間たっぷりと美術館内で過ごさせてもらった。
美術館で相当歩き回った我々は腹が減っていた。
ルーブルの無料Wi-Fiで調べて『安くてうまいパリの大衆食堂』として紹介されていたレストランへ地下鉄で赴いた。
ルーブルからだとLe Peletier駅で下車して徒歩約10分。
レストランの名は『Le Bouillon Chartier(シャルティエ)』という。
店内はこんな感じでなかなかいい雰囲気。
ピーク時はかなり混んでいるらしいが、我々が到着した14時30分ごろはそこまで混んでなくすんなりと席に通してくれた。
メニューはこんな感じ。
ネットの情報では激安とっているところがほとんどだったが、実際いうほど安くない。というのが正直なところ。
私はラムステーキのペッパーソースフライドポテト添えなるものを11.5ユーロ(約1309円)で注文した。
ウェイターにオーダーすると、メニューをテーブルにチャチャチャッと走り書きしてくれる。
我々には全く理解不能な暗号のようなものだったので、もし料理が間違っていても『これはこれだ。』とメモを指差されたら何も言えないだろう。
オーダーを取るまでにかなり時間を取らされたが、オーダーが済んでから料理が提供されるまでのスピードは速かった。
まるで日本の牛丼屋を思わせるスピードだ。
出てきたのはそんなに大きくない肉の塊とフライドポテト。
これで11.5ユーロはやはり安いとは言えない。
味もフードコートで食べる安い料理みたいな味で全く美味しくない。肉も硬い。
これなら昨日ムーランルージュ前で食べたステーキの方が安くて質がいい。
パンと水は無料だったが、パンはいつから放置されているのかわからないくらいの質だった。
ネット情報に期待が高まり過ぎたのか、私にとってのシャルティエはそんなにいいものではなかった。
シャルティエからは徒歩で宿へ向かった。
途中スーパーで晩飯用にプリングルスを2.25ユーロ(約256円)、バナナ1本を0.36ユーロ(約40円)で購入した。
16時頃に宿に戻ってからは、疲れもありずっとあの趣味の悪い中庭で待機していた。
ロンドン行きのバスの時間が23時55分だったので、22時30分ごろまでここにいた。
よくそんな長い時間じっとしていられたなと思うが、
それは途中から現れた日本人学生の男の子が話し相手になってくれたのが大きく影響している。
彼はドイツに学校のなにかで1週間ほど勉強へ行った後、その後他の生徒たちとは離れ1人でヨーロッパを周遊しているという。
我々が眠たくて寝ている時に現れて、最初は寝ぼけているせいかあまり彼の話に乗ってあげられなかった。
今思うと申し訳なかった。
しかし彼はそんなこと気にしていないのか、持ち前の人懐っこさでどんどん我々に話しかけてくれた。
おかげで彼の旅中の面白エピソードなどいろんな会話ができ元気をもらえたのと、バスの時間まで退屈せずに済んだので感謝である。
彼は結構行き当たりばったりの旅をしていて、まだ旅が結構残っているのに所持金が50ユーロほどしかないと言っていた。
海外ATMも使えないとか言っていたが大丈夫なのだろうか(笑)
そんな彼はエッフェル塔へ、我々はバス乗り場へ行くということで地下鉄まで一緒に向かった。
途中の乗り換えで彼とは別れ、我々はバス乗り場へと向かった。
駅の自販機で残りのユーロを消化した。
私はあと1ユーロほどしか残っていなかったのでこのクッキーを1ユーロ(約113円)で購入したことでユーロをほとんど使い切ったことになる。
バスを待っている時、ついにやってしまった。
荷物を取ろうとして腰を屈めた時にポケットからiPhone6がスルッと落ちた。
それほど高さはなかったが、下はコンクリートだったので案の定画面はヒビだらけ。
それでも私の心がものすごく沈まなかったのは、『海外保険でなんとかなるだろう』という気持ちがあったからに他ならない。
午前0時。我々を乗せたFLIX BUSはロンドンへ向けて出発をした。
パリからロンドンまで1人24.9ユーロ(約2835円)。
そしていよいよ世界でもトップクラスに入国審査が厳しいと言われるイギリスのイミグレーションへとやってきた。
▼次回記事(イギリス入国!)